[“ghostpia シーズンワン”制作後記]超水道ファンとして制作進行を務めた7年間のこと

はじめての方は、はじめまして。

すでにご存じの方は、いつもありがとうございます。

ノベルゲーム制作チーム「超水道」の蜂八憲(はちや・けん)です。

 

さてさて、まずは改めましてお知らせを。

さる2023年3月23日、Nintendo Switch版“ghostpia シーズンワン”がめでたく発売となりました!

 

 

2014年にiPhoneアプリとしてスタートした“ghostpia”が、まさかコンシューマー機でプレイできる日が来るとは、自分を含めて超水道メンバーの誰もが想像すらしていませんでした。

今でもなお、どこか夢を見ているのかのような心地です。ここまで来られたのもひとえに、超水道を応援してくださった皆様のおかげです。改めまして、本当にありがとうございました。

はじめに 

「蜂八さん、制作後記を書いていただけないでしょうか?」

 

事の発端は、シンプルにしてダイレクトな、そんな一言からでした。

依頼主は、ミタヒツヒト。

“ghostpia”の生みの親にして、本作のシナリオ全編を担当するライターです。

だからこそ、個人的にはとても意外な「お願い」でした。“ghostpia”において、そうした種類の文章は彼が書くものと思っていましたし、僕としても「ミタヒツヒトをおいて他にいない」と感じていたからです。

「言われてみれば、確かにそうかもしれません」

頷きつつ──でもですね、とミタさんは続けます。

 

「僕としては、制作進行としてプロジェクト全体を俯瞰してきた蜂八さんだからこそ、自分以上に見えていたもの、感じてきたことがあるかと思いまして──“シーズンワン”として一区切りついた今こそ、蜂八さんの振り返りを『制作後記』という形で残していただきたいと思ったんです」

 

そのようなラブコール、もとい要請がありまして、僭越ながら筆をとらせて頂いた次第です。

 

さて、超水道はメンバー4人からなる小さなチームです。そして、“ghostpia”は息の長いプロジェクトです。2014年から足掛け10年、超水道はこの作品に取り組んできました。

シナリオを担当したミタヒツヒト
アートデザインを担当した山本すずめ、そして
そして制作進行を担当した、僕こと蜂八憲

少人数で長く向き合ってきた作品だからこそ、各人の果たす責任は大きく、それぞれの領分に対する想いも深くなります。僕もまた他のメンバーと同様、自分の担ってきた「制作進行」というポジションに思い入れがあります。

ただ、僕の場合は、最初からその立場にあったわけではありません。

事実、シリーズ第一作として2014年にリリースされたiPhone版“ghostpia”においては、次のようにクレジットされています。

さく:ミタヒツヒト

え:山本すずめ

えのてつだい:斑

すごいてつだい:蜂八憲

“すごいてつだい”。それが当初のghostpiaにおける蜂八のポジションです。

そこから制作進行を務めるようになったのは、今からおよそ7年前のこと。

2016年のクリスマス・イブがきっかけでした。

# すごいてつだい ── ghostpia Ep1-2

新宿・高田馬場の某喫茶店にて。

ノートPCの画面に映し出された一通のメールを、僕はぼうっと眺めていました。

およそ1ヶ月前に書き上げた商業小説の初稿、それに対する担当編集からのフィードバック。そう伝えられていたはずのお返事の内容は、しかし、予想とは大きくかけ離れたものでした。

> 諸事情により、出版が難しい状況となりました

思わずため息をついた拍子に、目に飛び込んできたのは迷惑メールフォルダの新着表示。念のためにと確認したアドレスは、見覚えのあるものでした。

そういえば、この編集さんに送った企画書の件はどうなったのだろう? 例の原稿執筆と会社業務を優先させてもらい、遅まきながら提出することになったあの企画は──

> 状況が変わりましたので、企画の件についてはご放念ください

天井を仰ぎながら、二度目のため息。

 

──もっと早くに取り組めていれば。

 

時機を逃した、というのが最初の感慨でした。いただいたお話のいずれも、当時の僕は半年ほど先送りとさせてもらっていたのです。会社の多忙さに加え、私的な都合も諸々あったものの、今となっては詮無いことでした。

そして、同時にこうも悔やみました。

 

──超水道の皆も、応援してくれていたのに。

 

その頃の蜂八はといえば、チーム内では商業執筆を優先させてもらっていました。自身がシナリオライターを務めた超水道作品「佐倉ユウナの上京」シリーズの完結が2014年4月のこと。そこから数年、チーム単位での制作からは遠ざかってもいたのです。

蜂八憲とミタヒツヒトの担当は同じくシナリオライターなのですが、ひとつの作品を共に書くということはありません。一方がライターを担当する時、もう一方は他の役割をもって後方支援を行うことになります。

しかしながらghostpiaにおいては、こうした蜂八個人のライター事情があり、後方支援系のタスクは最小限に抑えてもらっていました。実際、それまでのghostpiaにおいて、僕が担当したタスクはほとんどないも同然でした。強いて挙げるなら、シナリオの校正をしたくらいのものでしょうか。あとは、ときおり「制作の息抜き」と称して彼らと食事に出かけるくらいのもので──「すごいてつだい」というポジションは、いわばメンバーの配慮の賜物でもあったのです。

 

──自分以外のメンバーは、ghostpiaの制作を頑張っているというのに。

 

……ああ、そういえばghostpiaは。

……明日が第3話の公開予定日ではなかったか?

 

ごく自然に、僕は超水道のグループLINEを開いていました。

蜂八:お疲れ様です。第3話の公開スケジュールですが、現状どのような流れになっていますか?

今なら、告知まわりのツイート作成くらいは手伝えるかもしれない。いや、もうそれすら完了しているのかも。特に手伝うこともなければ、せめて差し入れでも届けにいこうか……。

この後の動きについて考えを巡らせていた矢先、ミタさんたちから返信がありました。

 

ミタ:ご無沙汰していてすみません、ちょっと色々とヤバそうで
すずめ:はちさん、すみませんがこれから時間ありますか?
すずめ:できればリスケの件も含めて、ghostpiaについてご相談させていただきたいです

 

──1時間後、「作業場」たる巣鴨のアパートにて。

重苦しい空気に包まれた一室で、僕はミタさん・すずめさんと向かい合っていました。二人と対面するのは、数ヶ月ぶりのこと。だからこそ逆に、彼らの憔悴ぶりも際立って見えました。

どこからどう見ても疲労困憊といった面持ち。それでいて、一見すると活力がみなぎっているように錯覚してしまうのは、きっと彼らが途方もない焦燥感に突き動かされているからで。その佇まいは、さながら燃え尽きる寸前のロウソクを思わせるものでした。

とはいえ、「焦らず行こう」などと言える状況でないことは明らかでした。

2016年当時、“ghostpia”(iPhoneアプリ/ブラウザ版)は2話までリリースされていました。しかしその間、少なくない頻度で延期を重ねてもいたのです。覚えているだけでも4、5回……なお悪いことに、延期のスパンが狭まっている印象もありました。

そして、ここにきて再びの延期──。

 

「ご相談の件なのですが」

意を決したように、ミタさんが口を開きました。

「蜂八さんに、ghostpiaの進捗管理をお願いしたいんです」

 

その「お願い」に心当たりはありました。自分が最近、会社の仕事で進捗管理に携わるようになったこと。そんな近況を、少し前にミタさんとの会食で伝えていたからです。

 

「制作、間に合うはずなのに、間に合わないんです。これまで色々と作品をつくってきて、勘所は分かっているはずなんです。なのにghostpiaはうまくいかなくて、今はもう自分のことが信じられなくて……

──蜂八さんが色々とお忙しいところ、本当に申し訳ありません。

そんな謝罪に、僕は首を横に振って、それから頭を下げました。

話を切り出された時点でもう、僕の心は決まっていたのです。

 

「進捗管理、やりましょう──やらせてください」
 

──さて、どうしたものか。

帰宅した僕は、再びノートPCを前にして唸っていました。

誤解のないように申し上げると、「制作進行」に対する意欲は充分すぎるほどにありました。「すごいてつだい」よりも極めて近い立場でghostpiaの力になれること。それ自体は自分にとって喜ばしいことであり、使命感もおのずと芽生えるというものです。

ただ、それまでほとんど個人プレーだった「超水道スタッフ」としてのメンタルは、湧き出るモチベーションを受け止める器として、むしろ小さすぎるように感じられました。「立場が人をつくる」。そんな格言の意味を、このときほど痛感したことはありません。

 

ghostpiaという巨大な作品、そしてチーム全体を統括するにあたり、今の「スタッフ」としての蜂八は幅も足りなければ底も浅い。時間が経てば馴染むのかもしれないけれど、たぶん、その前にガタがきてしまう。

つくることは楽しいけれど、大変さもある。自分だって、この数年は「シナリオライター」として超水道の外で作品を「つくる」ことに注力してきた。ただ、結果は芳しくなかった。だから、苦境にあるghostpia制作メンバーの気持ちも「わかる」。わかるからこそ、それが足枷になってしまう気がする。

これからも大変なことは色々とあるだろう、辛くなることだってあるだろう。頑張りに反して結果が出ない、その辛さはときに耐え難いものになる。そうした事態に直面したとき、今の自分のままでは「わかる」ことに引きずられてしまう気がする。

「わかります、とてもよくわかります、頑張っていますよね、辛いですよね、ほんとうに耐えられませんよね」。そして、「わかった」あげくに致命的な一言を投げかけてしまう予感がする。

 

「こんなに辛いんですから、もう『つくる』のは止めにしませんか?」と。

 

……ちょうど、「シナリオライターの蜂八憲」がそう自問しているように。

 

──巡る想像に、背筋が冷たくなるのを感じました。プロジェクトを支えるどころか、とどめを刺しかねない。そんな未来は、絶対に避けなければなりません。そのためには、自身の「制作進行」としての心の置き場を「スタッフ」とは別に定める必要があったのです。

 

でも、だからといって、どうすればいいものか。

 

思い悩むなか、ふと脳裏をよぎったのは、“ghostpiaクラウドファンディング”のことでした。

 

2014年12月、資金難にあえいでいた超水道は、ghostpia制作資金の調達を目的としてクラウドファンディングに挑戦。このプロジェクトは44時間で目標額の30万円を達成し、最終的には62万円もの支援金を集めることとなりました。

プロジェクトのスローガンは「これからも作り続ける力を」。ファンの方々からのご支援は、超水道のこれまでの実績に対する信頼の証であるとともに、これからへの期待の表れでもあったように思います。

かくいう僕も、元々はひとりの「超水道ファン」でした。2011年に超水道の処女作「森川空のルール」に出会い、その後のメンバー公募をきっかけに加入したという経緯があります。ちなみに、僕以外の超水道スタッフは皆、創立当時からの面々。いわば蜂八憲は、唯一の新メンバーでもあったのです。

 

──もしも、自分が超水道に加入していなかったなら?

 

正直なところ、自分でもあまり想像がつきませんでした。ただ、それでも、自信を持って言えることが一つ。仮に自分が超水道に参加していなかったとしても、いちファンとして超水道を応援し続けていただろうということです。

 

クラウドファンディングも絶対に支援していただろうし、折にふれて超水道の動向をチェックしていたはずだ。例えばそう、この瞬間も、ghostpiaの続きがリリースされるのを今か今かと心待ちにしているはずで……。

 

刹那、それまで揺れ動いていた思考が、ぴたりと一所に落ち着く感覚がありました。

 

そうだ、自分はghostpiaの続きが早く見たいのだ。スタッフであるよりも前に、ひとりのファンとして。

だから、自分は制作進行に臨むべきなのだ。超水道のシナリオライターとしてではなく、超水道ファンのサラリーマンとして。

 

──それから数日後、巣鴨の某喫茶店にて。

その日は、超水道の全体会議でした。晴れて「制作進行」の就任が決定したその場で、僕はメンバー全員を前にしつつ、率直な気持ちを伝えることにしたのです。

 

「超水道ファンとしての僕は、今の『ghostpia』が信頼できません」

 

すべてのファンを代表して、などと言うつもりは一切ありませんでした。それは流石に傲慢というものでしょう。さらに言うなら、不特定多数の誰かを引き合いに出して、自分が抱くghostpiaへの不満を希釈するべきではないとも思ったからです。

制作の遅れ。延期に次ぐ延期。作品の代わりにお詫びのブログ記事が並び、メンバーはいつも疲れきっているように見える。楽しみにしているからこそ、落胆もする──いや、落胆を通り越して心配になる。“ghostpia”は大丈夫なのか、と。

非常に心苦しくも、それは一介のファンとしての素直な本音でした。けれども同時に、自分の新たなるモチベーションの源泉でもあったのです。

 

「だからこそ、僕は進捗管理を担当します。『ghostpia』を僕自身が信頼できるプロジェクトにするために。そして、無理のないスケジュールで進行できるようにします。僕らが今後も作り続けていくために」

 

自分なりに立場を再定義し、ポリシーを明らかにすること。

それが僕の、制作進行としての第一歩でした。

# 制作進行 ── ghostpia Ep3-4

“超水道は、2016年まで進捗管理をしていなかった”

こう書くと、驚く方もおられるかもしれません。昔からの超水道をご存知の方であれば、なおのこと。けれども実際、ghostpiaよりも前の作品制作においては、進捗管理をせずとも順調に回っていたのです。

理由の一つには、これらの作品が造りとして比較的コンパクトだったことが挙げられます。初期の超水道は「短編作品をできるだけ短いスパンでリリースする」ことをモットーとしており、自然とそれに見合う作品形式(デンシノベル/ビジュアルノベル)を選択してもいました。

『森川空のルール』(2011年)から『佐倉ユウナの上京』(2014年)に至るまでの7作品は、一括/分割リリースの違いはあれど、概ね3〜4ヶ月でリリースしてきたのです。なかでも『’99 〜恐怖の大王と放課後の女神〜』は、1週間企画と称してシナリオ企画からアプリリリースまでを(企画名の通り)1週間で実現したこともありました。そうした強行軍を可能にする勢いと、それを支えるだけの若さがあったのです。

しかしながら、いつまでも「若さ」を力にはできません。「大学生創作サークル」として花開いた超水道も、すでに全員が社会人。体力は落ちやすく、そのくせ回復には時間を要しがちになります。学生の頃のような「エナジードリンクをお供に三徹」なんて荒業も、いざ実行してしまえば3週間は引きずることでしょう。

それでも経験上、制作に打ち込んでいれば「無理しなければならない局面」も一つや二つは出てくるものです。ただ、いつも無理をしていると、いざという時に無理ができません。そして、無理がたたると、作ることすらままならなくなってしまいます。

先に述べた通り、かつてghostpiaは「これからも作り続ける力を」とのスローガンを掲げ、クラウドファンディングで成功を収めた実績があります。だからこそ、強行スケジュールで疲弊しきって制作中止……などという事態は何としても避けねばと考えていました。

だから進捗管理をする必要がある。コンスタントにできるだけ早く“ghostpia”をお届けできるように。普段は無理しなくていいように、勝負どころでは無理できるように──これからも、作品を作り続けていくために。

それが、ghostpiaにおける僕なりの制作進行の考え方でした。

 

かくしてスタートした、2017年からの制作進行の日々。

当時の僕がやったことは、大きく分けて4つありました。

把握と見積、そして計測と還元(フィードバック)です。

 

何よりもまず初めに行ったのは「把握」──いわゆる「タスクの洗い出し」でした。

「恥ずかしながら、僕は皆さんの仕事がよく分かっていないんです」

何をしているか、は分かります。ミタさんはシナリオを書いていますし、すずめさんはイラストを描いています。そして、斑さんのサポートのもと、皆で力を合わせて本文と演出をスクリプトに落とし込んでいるのです。

でも裏を返せば、僕が把握していたのはその程度の、表面的な事柄のみでした。それこそ、ちょっと詳しいファンならばすでに知っていることばかりなのです。しかし、それでは制作進行は務まりません。

「なので、教えてください。ghostpiaのグラフィックが、どれだけの工程を経て出来上がっているのか。諸々の演出が、どのような過程を経て決まっているのか。スクリプトを実際に組むにあたり、どれだけの準備が必要なのか」

ghostpiaに最も詳しいファンになろう、というのが個人的な心持ちでした。実際、当時の僕はファンそのものだった……と振り返って思います。ghostpiaを構成する要素の数々、そこに込められた技術や方法論に接するたび、感嘆の声を上げていたものですから。

また、把握すべき事柄は、作品そのものの制作工程だけに限りません。日々の広報活動、イベント等の出展準備、それからiPhoneアプリ作品のメンテナンス等々、ghostpiaの制作に影響を及ぼす物事についても押しなべて進捗管理の対象としていきました。

 

そうして、ghostpiaという作品、ひいては超水道の活動を因数分解したところで、次のステップ──「見積」です。特定の作業を終えるのに時間をどれだけ要するのか、その見当をつけていきました。

「どれくらいでこの作業が完了しそうか、まずは見積もってみましょう」

むろん、すべての物事について、即座に答えが出るわけではありません。ライターが本分の僕から見れば、ghostpiaという作品のほとんどは専門外の領域です。なんなら作業内容によっては、担当者本人ですら予想しにくいことは往々にしてあります。

それでも、予測を立てることは大事です。「ここまでには終わりそう」というビジョンを作業者が持ち、その認識をメンバー全員が共有することで、終わらせるモチベーションと適度な緊張感が生まれるからです。いわゆる「取引相手」が存在しない、自主制作プロジェクトであるからこそ、ここはむしろ重要なことでした。

 

「見積」が終われば、次は「計測」です。実際に担当者に作業をお願いし、完了にあたっては実際に要した時間も報告してもらいます。詰まったり苦労したポイントがあれば、それもあわせて記録してもらえるように依頼しました。

 

そして最後に、還元(フィードバック)。2週間に1回のペースで定例会を催し、進捗確認とあわせて実施することになります。初期において重要だったのは、「見積で出した時間」と「実際の所要時間」にどれだけの開きがあるかを、担当者と共にチェックすることでした。間に合わなかったもの、逆に早く終わったもの、それぞれについて要因を分析し、のちの見積に活かせる部分は取り入れていきます。

こうして、見積〜還元のサイクルを回しながら、進捗状況やタスクの依存関係に応じて、タスクの割り振りと振り直しを行っていきました。

なお、最初期においての「見積」は往々にして外れ、定例会のたびにスケジュールを後ろへと修正するのが常でした。ただ、自分としては予想通りの状況でもあったため、つねづね「焦る必要はない」と伝えてもいました。

「正直に報告してもらえればそれでOKです。いま重要なのは、見積の習慣をつけること。見積の精度はそのうち自然と高まっていきますから、あんまり気に病まないでください」

言い換えればそれは、理想と現実をすり合わせるための期間であり、制作進行の最初期に最も重要視したところでした。「間に合うはずなのに間に合わない」──かつてghostpiaが陥っていた窮状の根っこには、そうした理想と現実の乖離があると踏んでいたからです。

 

かつて超水道は「いつリリースできるか」を、経験と勘に基づいて、プロジェクト発足から間もない段階で決めていました。次いで、定まったリリース目標日をオープンに宣言。後に引けない状況を作り出したら、あとは気合いと根性です。各々がやるべきことを分かっていて、がむしゃらに制作を進めた結果、いつの間にかプロジェクトが完了しているという寸法でした。

ただ、ghostpiaは物語構想の大きさもさることながら、豊富な映像表現を特長とする作品でもあります。従来のプロジェクトに比べて、膨大なリソースを必要とすることは明白でした。これまでの勘と経験をそのまま適用するには、どうにも分が悪い相手だったのです。

 

「ghostpiaって、こんなに巨大だったんですね」

ミタさんがそうこぼしたのは、第3話のリリース直後。iPhoneアプリ/ブラウザ版の制作に必要なリソース、そして「現実的」な所要時間がデータとして出揃ったタイミングでのことでした。

 

「これまで頭では分かっていても、『頑張ったらすぐ完成するだろう』くらいの感覚があって……でも、そうじゃないんですよね。やるべきことが予想以上にたくさんある。ghostpiaの図体のデカさを、やっと体の芯から理解しました」

 

そう語るミタさんの表情は、言葉とは裏腹に晴れやかでした。

 

「でも、ようやく安心できました。単体のエピソード制作の全貌が見えたことで、後続エピソードの制作についても予測が立ちますね。ghostpiaを終わりまで作る、その自信がつきました」

 

よかった、と安心したことを今でも覚えています。ミタさんをはじめとするメンバーにそう言ってもらえることが、ひとつの目標でもあったからです。

やるべきことをやっていれば、いつかは終わる。それは真理です。ただ「いつ終わるか」はわかりません。そして、それを明らかにすることは、終わりに向かうための大きな希望になります。終わらせるためにどれだけの作業が必要で、それらの作業を終えるにはどれだけの時間が必要なのか。来たるべきいつかを、健やかに一秒でも早く迎えられるよう、道筋を整えること。

それはとても地道ながら、超水道が作り続けていくためには不可欠な営みでした。

# 制作進行 ── ghostpia “シーズンワン”

2018年初頭、ghostpia第4話の制作も佳境に差しかかった頃のこと。

すっかりお馴染みとなったチーム定例会の場で、ミタさんにより議題が提示されました。

その内容は「ghostpiaのコンシューマー機移植について」──。

「先日、Nintendo Switchへの移植について打診いただきました」

ミタさんによれば、プロジェクトを提案してくださったのは、株式会社room6様。過去のghostpiaクラウドファンディングをきっかけに、ご縁が繋がったパブリッシャーでした。

構想にいわく、アニメやドラマになぞらえて、ghostpiaの全体構成を全2クールと定義。そのうえで、第1クールにあたる部分を「シーズンワン」としてパッケージする。あわせて、英語版としての展開も予定しているとのこと。

「というわけなのですが……蜂八さん、いかがでしょう?」

意見を問われ、僕はしばし考え込むことになりました。むろん、ghostpiaにとっては大変ありがたいお話です。非常に光栄なことでもあります。一方で、制作進行として判断に迷う部分もありました。

 

──まずは、今の環境でghostpiaを完結させるべきではないか?

 

制作進行の身としては、iPhoneアプリ/ブラウザ版でリリース中のghostpiaシリーズについて、完結までいち早く持っていきたいという思いがありました。当時の状況としても、第3〜4話の制作を通して、iPhoneアプリ/ブラウザ版の両方を安定して制作できる道筋がようやく整ったタイミングだったからです。

加えて、コンシューマー版への移植開発は未知数な部分が多くあります。iOSとWebを主戦場としてきた超水道には、当然ながらノウハウがありません。基盤となるプログラムからして異なりますし、Switch端末にあわせて新たに必要となる仕組みもあることでしょう。つまるところそれは、制作進行の一連の流れをリセットすることをも意味していました。

 

──コンシューマー版の制作は、先送りにするべきではないか?

 

「先送り」。脳裏に浮かんだその三文字に、ふと、いつかの記憶が蘇ります。

思い返されるのは、自分がまだ「すごいてつだい」だった頃のこと。2016年のクリスマス・イブ、進捗管理を打診される寸前の出来事。あのとき、自分はシナリオライターとして後悔したのではなかったか。

 

「時機を逃した」──「もっと早くに取り組んでいれば」と。

 

立場は違えど、だからこそ。自分ひとりの話ではないがゆえに、同じことを繰り返すわけにはいかないのではないか。

それに、と僕は思ったのです。かつての自分は、制作進行の心の置き場を「超水道ファン」に定めたのではなかったか。一人のファンとして、Nintendo Switchへの移植をどう感じるか、それがまず重要ではないのか。

その問いに対する答えは、単純明快でした。

 

──絶対に実現してほしい。

 

一人のファンとして、僕はNintendo Switchで動くghostpiaを見たくて仕方がない。そして国内のみならず、海外へ羽ばたくghostpiaにわくわくしている。千載一遇のこの機会を、必ずやものにしてほしい。

だから──最後には制作進行として、告げました。

 

「やりましょう、“シーズンワン”」

 

結果として、“シーズンワン”のリリースには長らくお時間をいただくこととなりました。

コンシューマー版たる“シーズンワン”は、iPhoneアプリ/ブラウザ版の移植+α版という位置付けではありますが、新エピソードである第5話の収録に加え、1〜4話におけるグラフィックと各種演出の大幅な拡充、そしてコンシューマー版ならではの「逆再生機能」等々、最終的には一から作った「新・ghostpia」とでも言うべき作品として仕上がりました。

はじめてghostpiaに触れる方はもちろんのこと、これまでiPhoneアプリ/ブラウザ版でお楽しみいただいた方にとってもご満足いただけるものと超水道一同 自負しております。

また、“シーズンワン”ではパブリッシャーであるroom6をはじめとして、多くの方にご協力いただきました。

とりわけ、メインプログラマーの hako 生活、そしてビジュアルエンジニアのおづみかんには“シーズンワン”の制作を通して大変お世話になりました。hako 生活 様にご担当いただいた部分は「逆再生機能」はもとより、コンシューマー機でghostpiaを作成・動作させるためのノベルゲームエンジン開発等々、多岐にわたります。そして、おづみかん様には“ghostpia”の映像表現の中核をなすグリッチ表現について、多大なるご協力を賜りました。

おかげさまで、iOSとブラウザに根を張ってきたghostpiaも、コンシューマー機という新たなる土壌で再出発を果たすことができました。慣れない環境でghostpiaという巨樹をより大きく、より映えるかたちで育てあげることができたのも、ひとえにお二人の全面的な技術サポートがあったからこそです。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

# 蜂八憲 ── シナリオライターとしてのこれまでとこれから

ここまで「ファンとしての制作進行」という観点から振り返ってきました。

繰り返し述べてきた通り、ここでの「ファン」とはghostpiaを楽しみにしてくださる方々──自分も含めて──を指しています。しかしながら、超水道作品という大枠においては欠けている観点もございます。それは、僕がghostpia制作を通じて意識的に伏せてきた部分でした。

それは、蜂八憲の超水道作品を楽しみにしてくださっている方々についてです。

 

「蜂八憲はもう、超水道でノベル作品を出さないのか?」

 

そういった旨のお言葉をじかに頂戴したり、SNS上で言及いただく機会もこれまでにございました。また、ミタさんをはじめとした超水道の面々からも、折にふれて「そろそろ超水道作品を出しませんか」とご提案いただいてもいましたが、そのたびに僕は固辞してきました。

 

それはひとえに、蜂八の個人的なわがままによるものです。

 

超水道には、少しでも早くghostpiaの新章をリリースしてほしい。ghostpiaファンとしての蜂八は、そう願っていました。しかし「制作進行」の蜂八が「シナリオライター」として別の超水道作品を制作することになれば、開発リソースが分散し、ghostpiaの制作スピードは削がれてしまいます。それは蜂八個人のファン心理としても、また制作進行の矜持としても許しがたいものでした。

それでも──率直に言えば、ライターとして「自分のシナリオで超水道作品を出したい」という欲求に揺れたことは幾度もあります。ものは試しと、一度は「ひとり制作進行・2ライン制」を小規模なかたちで試みたこともありましたが、当時の状況下ではghostpia制作への影響も大きいと判断し、本格化させるには至りませんでした。

ゆえに、代わりといっては偲びないのですが、蜂八個人の創作活動として、ここ数年は短編小説を執筆してきました。あくまでも私的な活動であったものの、幸いにして様々なご縁にも恵まれ、株式会社コトリボイス様からはオーディオブック「蜂八憲短編集」をリリースさせていただく運びとなりました。

また、こうした活動を通じて超水道に興味を持ってくださる方もおられ、間接的ではありますが「シナリオライター」として少しは“ghostpia”の役に立てたのかな、とは思います。

ただ、超水道作品としてのリリースを待ち望んでくださっていた方々におかれましては、長らく気を揉ませてしまったことと存じます。ごく個人的な都合によりご期待に添えなかったこと、この場を借りてお詫び申し上げます。

 

改めまして、冒頭の問いに立ち戻ります。

「蜂八憲はもう、超水道でノベル作品を出さないのか?」

答えは「いいえ」です。

# おわりに ── 超水道 “シーズンツー”に向けて

この記事をもって、僕、蜂八憲はghostpiaシリーズの制作進行から退きます。

ghostpiaにおける「制作進行」としての蜂八憲は、役割を終えた。

僕自身がそう実感できたことが、最大の理由です。

 

“シーズンワン”の制作終盤──ここ1年間の動きは、特に慌ただしいものでした。かつて行っていた、進捗管理のための定例会も、この時点ではほぼ不要としていたのです。

管理対象となる物事が減ったことや制作スピードの優先化など、様々な背景がありますが、一番には、メンバー全員がそれぞれ「制作進行」の役割を果たせるようになったことが挙げられます。

作業量を見積もり、スケジュールを切る。問題があれば全体に随時共有し、スピーディーに解決のためのアクションへ落とし込む。そうした一連の流れが、それぞれの専門分野において、ごく自然かつ当たり前に行われる環境となりました。

それは、僕が「すごいてつだい」でもなければ「制作進行」でもなかった頃──いちファンとして超水道を見守っていた頃の勢いを彷彿とさせるものでした。もちろんそれは、若さに任せたものではありません。この7年間の試行錯誤と経験に裏打ちされた、ずっしりと質量のある「勢い」です。

もう大丈夫だ、心の底からそう思えました。彼らを間近で見てきた身として、今の僕はghostpiaというプロジェクトを信頼しています。現在の環境で、自身も含めて、これからも作り続けていけると確信しています。

当時、自身が掲げた「制作進行」の理想が果たされたこと。

この事実をもちまして、制作進行から退くことを決意した次第です。

とはいえ、ghostpiaそのものから身を引くわけではありません。ghostpiaシナリオの校正、スクリプティングやデバッグ等々、いちスタッフとしての協力は惜しまないつもりです。そのうえで、これからは再び、超水道作品のシナリオライターとして歩みを再開していく予定です。

これからのghostpia、ならびに超水道の“シーズンツー”にご期待いただければ幸いです。

 

……でも、せっかくなので、今日だけは。

シナリオライターでもなければ“ghostpia”スタッフでもなく。

いち超水道ファンに戻って、“ghostpia シーズンワン”を楽しみたいと思います。

 

すでに“ghostpia シーズンワン”をお楽しみいただいた方へ。

いかがだったでしょうか。ghostpia、とっても最高じゃないですか!?

そして、これからお楽しみになる方へ。

ghostpia……めちゃくちゃ最高ですよ!!

 

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

願わくば、僕の大好きな作品が貴方のお気に召しますように。

 

 

 

 


蜂八憲

hachiya ken

超水道のシナリオライター。体重が危うい。
代表作は『佐倉ユウナの上京』シリーズ。
商業作品に『こうして魔女は生きることにした。