月刊超水道 2026年4月号

こんにちは、超水道の蜂八憲です。

ようやく空気にぬくもりが増してきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

蜂八はだいたい元気です。

 

3月といえば、世間的にはひな祭り、春分の日……そして超水道的には『ghostpia シーズンワン』Nintendo Switchパッケージ版が、3/13にリリース一周年を迎えました。

 

 

改めまして、プレイしてくださった方々、応援してくださっている皆様に感謝申し上げます。そして、次なる『シーズンツー』にもご期待いただけましたら幸いです。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!

 

というわけで、2026年4月号の月刊超水道です。

自分が執筆を担当するのは今年初めて。いわば書き初めですね。

 

超水道として「今年初」となる2月号は、すずめさんが執筆してくれていました。

そのなかでは超水道メンバーそれぞれの「新年の抱負」も紹介されていたのですが、僕の抱負はこちら。

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蜂八憲「お出かけしたら撮影(記録)する」

昨年は、というか、これまであまり写真を撮らない人生を送ってきたのですが……。年末にスマホ内のアルバムを眺めていたところ、とある旅先の写真を目にした瞬間、ぶわっと当時の記憶が蘇ってきたんですね。それが個人的に衝撃的で。裏を返すと、写真を撮っていなかったお出かけ時の記憶はめちゃくちゃ薄いことに気付いたんです。何かしら記憶を形に残すことって重要なんだな、と再認識したので、今年は出先で積極的にカメラを構えていきたいと思います。

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写真を……撮る!

そう、抱負にも書いた通りなのですが、自分は昔からあまり写真を撮らないほうで。

 

なんだろうな。そもそも子どもの頃から「写真を撮る」という行為そのものにあまり積極的ではなかった気がします。当時の「カメラ」といえばインスタントカメラが主流で、写真というのはなんとなく“大人が撮るもの”という認識がありました。

旅先などでは、「ぼくが撮る!」と親にカメラを借りる子どもの姿も珍しくなかったように思うのですが、不思議と自分がそうした記憶はほとんどないんですよね。むしろ、「撮ってみる?」と親に訊かれて「いや、いい」と返した記憶のほうが残っているくらいで。その頃の自分はたぶん「あんまりカメラに興味がないし、そんな自分が気乗りしないまま撮ってフィルムを無駄にするのももったいない」みたいに思っていたような。

 

自分で気軽に写真を撮れる環境をゲットしたのは、高校に入って携帯(ガラケー)を持つようになってからでした。もうフィルム残量を気にする必要もない。しかも、画質もきれいとくる。当時のガラケーといえば画質面で「デジカメに負けず劣らず」というところを売りにしてもいましたから、写真を撮るハードルはぐっと下がったんですよね。

けれど、それでも自分は写真を全然撮らないままで……。

それには、一応の理由がありました。

 

「写真がなくても思い出せる記憶こそ、本当の“思い出”である💪」

「写真がなければ思い出せない記憶など、所詮その程度のものだ💪」

「むしろ現代においては、一期一会の気構えを胸に、日々の風景を目に焼き付けるべきではないだろうか💪」

 

何で読んだ文章だったのかは、もう覚えていません。本だったのか、雑誌だったのか、はたまた新聞だったのか。とにかく、そんな趣旨のテキストに触れた蜂八少年は、こう思ったわけです。

 

──「わっっっかるぅぅぅ〜‼️☝️」と。

 

しみじみとひとり頷き、心のなかで拍手喝采した覚えがあります。そんなこんなで、「あえて写真を撮らない」という、妙にマッチョな縛りプレイ思想が自分のなかに確立されたのですね。

 

結果、手元に残っている学生時代の写真はほとんどありません。

あるとしても、学校側が撮影したものだったり、友人が個人的に撮ってプリントしてくれたものだったり。当時はPicasaウェブアルバムのような写真共有・保存サービスも元気な時代で、みんなが撮った写真を共有してもらって見返す、みたいなこともありました。けれど、そうしたサービスも時の流れとともに終了していき……大部分はいつの間にか見られなくなってしまいました。

 

学生時代を振り返れば、もちろん今でも思い出せる記憶はたくさんあります。それらは確かに、良くも悪くも、当時の自分にとって重要な出来事だった──それは間違いありません。

 

ただ、その「重要だった」の判断は、あくまで当時の自分によるもので。未来の自分にとって重要なもの、言い換えれば、後になって初めて意味が立ち上がってくる記憶もあるのだな、と最近はよく思うのです。

昨年末にスマホ内のアルバムを整理した時、まさにそんな感じのことを思ったんですね。自分にしては珍しく、出先の飲食店で料理を撮った一枚がありまして。それを目にした瞬間、一気に記憶が蘇ったんです。この写真の前にあんなことがあって、その後にはこんなことがあったな、とか。今の今まで忘れていたけれど、実はけっこう印象深い場面だったんだな、と気付いたりもして。

 

思い返してみれば、自分が書いたお話のなかには、手元に残っていた一枚の写真から発想を得た作品もありまして。その写真もまた、自分が「ぜひ撮らねば」と思ったものではなくて、「周りも撮ってるし、自分も一応撮っておくか」程度の、ぬるい温度感で残したものでした。でも、その一枚がなければ、ほぼ確実にその作品は生まれていなかったわけで。

 

そういう意味でも、記録って大事なんですよね。

……という経緯があっての「新年の抱負」だったのですが。

 

果たして実現できているんですかね?(自問

 

それなりに!(自答

というわけで日々の記録

今年ここまでに行った博物館、植物園、資料館などなど。

今回の記事を書くまでは「今年はあんまり出歩いてないなあ」という所感だったのですが、いざ写真を見返してみると──うん、思ったよりちゃんと出歩いていました(当社比)。

 

こちらは最近お迎えした単眼鏡(モノキュラー)。

博物館に一緒に行った友人がこれを携えていて、「いいな〜」と思い自分もさっそく導入しました。展示施設では、作品保全と鑑賞体験を両立させるためにさまざまな工夫がなされているわけですが……混雑している展示だと、なかなか“ちょうどいい距離”で見られないこともありがちです。その点、単眼鏡があるとかなり心強いです。

もちろん、ゆっくり見られる展示でも活躍してくれていて、細部をのぞいてみると「あ、こんなところまで描き込まれているんだ」とか、「紙質、思った以上にきめ細やかだな」とか、そういう発見があって楽しいんですよね。

 

こちらは、最近見つけたメロンソーダ風の入浴剤。

 

そして最後に、斑さんの作業風景も撮らせていただきました。

こちらは仕事終わりに、ラフイメージのすり合わせをしたときの一幕です。

これもまた、ひとつの記録ですね。その場では何気ないやりとりでも、後から振り返ると「この時点ではこうだったのか」と見えてくることが案外あったりして。そういう意味でも、やっぱり残しておくのは大事だなと思います。

 

ということで、今回もご覧いただきありがとうございました。

次回の記事もどうぞお楽しみに。蜂八憲でした。